やさしい介護学

12年間の介護職体験談を思いのままに綴ります。

介護付き有料老人ホームへ転職して気づいたこと

いざ配属先へ!

 午前中は本社で、オリエンテーションと健康診断を受け、午後からはいよいよ新しい職場となる配属先へ向かいました。

 

 慣れないスーツを着て、フロントの女性に

 「今日からこちらで働くことになりました〇〇と申しますが、どこに行けばいいでしょうか?」

 と、少しマヌケな質問をすると、

 そちらのソフャーで少しお待ちください」

 

と言われたので、利用者さんが使用しているであろう豪華なソファーに座って待っていると、女性のスタッフが迎えに来てくださいました。

 

女性スタッフ:「主任の〇〇です。よろしくお願いします。あらっ、スーツなんですね!実はまだユニフォームが用意できてないので、今日は見学中心ということで・・・(笑)!

 

僕:「〇〇と申します。よろしくお願いします。見学ですか?見学以外で何かお手伝いすることがあれば、できることは何でもしますので・・・!」

 

という具合で、まずは施設の中を案内してもらいました。

 

 まずは1階を案内していただいたのですが、主要な設備はほぼ1階に集約されているようでした。玄関の横にはフロントがあり、常に利用者さんの対応ができるようにスタッフが常駐しているようでした。フロントの前には広~いロビーが広がっており、そこには王様が座るような豪華なソファーが置いてありました。

 

 その他に、食堂、入浴施設、アクティビティー施設、リハビリ施設、娯楽施設、売店、銀行のATM、研修施設、会議室など、生活に必要な設備が完備されているようでした。

 

 この時点で、以前勤めていた【老健】とは全く違う世界が広がっていました!まるで高級ホテルとはいかないまでも、ホテルのロビーに迷い込んだかのようでした。

 

 軽いカルチャーショックを受けつつ、配属先のケア棟へ向かうと、スタッフが慌ただしく働いている様子が目に入りました。スーツを着たまま簡単に自己紹介を済ませ、ケア施設内の説明をしていただきました。

 

 老健との違い

 カルチャ~ショックは続きます。勤務初日から、以前勤めていた田舎の老健との違いを、目の当たりにしました(笑)!思いつくままに並べると・・・

 

●電子カルテ

利用者さんのデータは、すべてパソコン内で管理されているようでした。一日の生活記録を一目で見ることができ、〇月〇日〇時頃、何をしていたか、簡単に過去をさかのぼって調べることができるとても便利なシステムであると感じました。

 

老健では常に詰所のテーブルはカルテで埋まっていましたからね~(笑)!当然利用者お一人お一人の生活記録や処置内容を手書きで書いていましたから・・・もとろん看護師さんですよ!

 夜勤では2時間おきの巡回で、【巡回・異常なし】のハンコを60名分ペタペタ押していましたから(笑)!それは介護職員がやっていましたが、それだけでも大変な作業でしたね!

 

●電動ベッド

利用者さんのベッドは全て電動ベッドでした!頭元・足元・ベッドの高さがリモコン1つで簡単に操作できる優れものでした!

 

老健では全てのベッドが手動でした。足元に折り畳み式のハンドルがあり、それをくるくる回すと頭元や足元が上がるようになっています。当時は、経管栄養の方が40名、ベッド上で食事をされる方が10名ほどおられ、経管栄養の方も注入する時は頭元を45度まで上げる必要があったので、食事前のハンドル回しはとても大変な作業でした(笑)!

 

●男が多い!?

スタッフの約3割が男性スタッフでした。「少し都会に出ると、男性介護スタッフっていっぱいいるもんだな~、しかも若い子が多い!そしてイケメン(笑)!」と純粋に思いました。

 

老健では、スタッフの9割以上が女性でしたから、女子?に埋もれて仕事をしていたので、久々の男性がいっぱいいる職場での勤務ということになります。うれしくもあり、多少不安もあり、今後どうなることやら・・・と考えながらスタッフを観察していました(笑)!

 

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介護付き有料老人ホームへ転職した初日の出来事

初出社の出来事

 地元ではそこそこ有名な?【介護付き有料老人ホーム】に転職が決まり、いよいよ初出社日となりました。初日は本社でオリエンテーションがあると前もって連絡をいただいていたため、慣れないスーツを着用し、自宅から電車で約1時間半かけて少し緊張しながら向かいました。

 

 本社へは一度、1次面接で行ったことがあり、綺麗なビルディングの2階部分のワンフロアーを全て貸切ってるようでした。「それにしても広い!」と心の中でつぶやきながら、近くにいた事務員さんに初出社の旨を伝えると、応接室に通され、人事部担当の〇〇さんを待つように伝えられました。

 

 入って来られたのは、3人いた1次面接官の1人で、細くて若く見える女性でした。彼女からは【労働契約内容】の説明を受けました。

 

●仕事内容(ケアワーカー・・・介護士という言いかたはされませんでした・・・💦もちろん納得)

●働く場所(自宅から電車+バスで約1時間のところでした・・・💦少し遠くなるけど、まあ、いっか!)

●勤務時間(日勤、早出、遅出、夜勤がありますが、大丈夫?・・・はい、もちろんです!)

●休日と有給休暇(年間約120日の休日+有給があるとのこと!・・・うれしい!)

●賃金(最重要項目!!! 前職の老健より少し上がっていたので、良しとしよう!)

●交通費(6か月分の定期代を半年に1回支給するとのこと!定期券落としたら大変!電車+バスの6か月定期代金は約10万円!!!)

●賞与(年間約3か月分。ピンとこないが、良しとするか・・・!)

●手当(資格・食事・住宅補助・子供・残業・夜勤のそれぞれに手当があり!もちろん、それぞれに応じて条件はありますが・・・ありがたいです!)

●社会保険(健康保険・厚生年金・雇用保険・・・すぐに加入してもらいます!もちろんOK!)

●転勤・異動(同じような介護付き有料やデイサービスなど数施設あるため、転勤もあり得ます・・・とりあえず、OKということで・・・💦)

 

と、こんな感じで説明を受けた後、了承したら労働契約書にサインをするという流れでした。即サインしてもよかったんですが、昇給額や退職金のことなど、補足説明をお願いし、渋っていたら、

 

人事部:「ご納得できずに、この時点で辞退する方もおられますが、どうなさいますか???」と質問され、

 

僕:「いやいや、そうではなくて、後で聞いてなかったということがないように、ここで不安なところや、疑問に思っていると事は全て聞いておこうと・・・できる限り長く勤めたいので・・・。」

 

と言うと、安心されたのか、その後は笑顔で色々な質問に快く答えてくださいました(笑)!

 

  一通り疑問点を説明していただいて、納得できたところで、労働契約書にサインと印鑑を押し、契約は締結と言うことになりました。その後、近くの提携している病院で健康診断を受けるように言われたため、徒歩で約10分ほどのところに、綺麗な病院があり、健康診断の申し込みをしました。

 

 健康診断は決まって採血というものがあり、注射する必要があります。僕は本当に注射が苦手で、あの尖った針先を見ると、血の気が引いて気が遠くなってしまいます。詳しくは 

www.kyaryneginegi.xyz

をご一読下さい。ヘタレぶりがわかります(笑)!

 

配属先のホームへ!

 健康診断が終わると、適当に昼食を済ませて、午後から配属先となる【介護付き有料老人ホーム】へ向かうことになりました。場所は本社から電車とバスを使って約1時間ほどの所にあります。

 

 配属先のホームは、2次面接で一度行ったことがありました。面接官は施設長、看護部長、事務長の3名がおられ、どうしてこのホームを選んだのか?有料老人ホームのイメージは?このホームでやりたいことは?・・・等、30分程いろんな角度から質問を受けました。不思議ととてもリラックスしながら答えることができました(笑)!

 

 とてもきれいな建物で、雰囲気が良く、従業員の接遇も細かいところまで行き届いている印象を受けました。何よりも【施設全体が明るい!】とても重要なポイントだと思いました!

 

 さて、この施設でうまくやっていけるかな???っと、一抹の不安を抱きながら、いざ配属先へ向かうのでした(笑)!

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介護保険施設から有料老人ホームへ転職した話

介護老人保健施設を退職した理由

 2004年12月に老健に入社し、2011年4月に有料へ転職しました。現在も有料でケアワーカーとして働いています💦 老健に入社した時の様子は、当ブログ

www.kyaryneginegi.xyz

をご一読ください(笑)!

 

 まず、介護保険施設について少し説明しますね!

 

介護保険施設とは、

①特別養護老人ホーム(特養)

②介護老人保健施設(老健)

③介護療養型医療施設

の3つを言います。僕が勤めていた施設は【老健】で、医療病棟と介護病棟に分かれていました。しかし、施設の方針が変わり、介護病棟を廃止し、医療病棟へ一本化することになりました。いわゆる3つ目の【介護療養型医療施設】に変わるというのです。

 

 具体的にどう変わったかというと、介護が必要な方は、特養などの介護施設へ強制的に転院させられ、医療が必要で自宅で見ることが困難な方がどんどん入所され、大半を占めるようになりました(胃瘻を増設している方、気管切開している方、重度の障害を持たれている方など・・・)

 

 その結果、僕たち介護士の仕事は【介護】というより【看護助手】的な仕事がどんどん増えてきたのです。例えば、経管栄養の準備・洗浄・かたずけ、気切の方が使っている吸引瓶の洗浄・メンテナンス、寝たきりの方の口腔ケア+3大介護(食事介助、入浴介助、排泄介助)が中心となり、看護師の補助的な作業が大半を占めるようになりました。

6年ぶりの就活!

  何となく違和感を感じ始め、「このまま続けていいのかな・・・? 介護職としてここでしか働いたことないし、2年前に【介護福祉士】の資格を取得したことだし、ここは一度、外の世界も見てみようかな・・・?」と思うようになりました。

 

 そうと決まれば早速【就活】の始まりです。休日になると、6年前にお世話になった地元のハローワークに通い、時間の許す限り、良い就職先はないか探しました。また、介護職就活セミナーに参加する機会もあり、色んな施設のブースを見て回ったりもしました。

 

 その結果、3つの施設を受験することにしました。

①地元の【特別養護老人ホーム】

②全国展開している【有料老人ホーム】

③地元密着の【有料老人ホーム

 

 受験内容は施設ごとによってそれぞれ違い、【面接・作文・小テスト】の内、2つ以上はありました。面接は多い施設で3回もありました。よっぽど人物重視なのか、困った人を採用した経験でもあったのでしょうか?かなり根掘り葉掘り聞かれて、話した内容をその場で別の従業員がパソコンに入力していましたからね~(笑)!ちょっと怖かったです!

 

 結果的には3施設とも採用していただきました(笑)!3施設ともそれぞれ良かったのですが、最終的な決め手となったのは、【給与】と【福利厚生】の部分でした。給与は3施設ともほとんど変わりはなかったのですが、福利厚生が他の2施設よりも少し良く、あとは施設全体の雰囲気を考えたところ、③の有料老人ホームに決めました。

有料老人ホームとは???

 有料老人ホームのについて、少し説明しますね!

 特徴は、介護や生活支援、食事、医療関連などのサービスが受けられる高齢者向けの集合住宅です。介護が必要な方も必要でない方も入所可能です。今勤めている施設も、一般棟と介護棟に分かれており、一般棟で生活していて介護が必要になった際、介護棟へ住み替えすることが可能です。

 

 また施設によって、一般棟にいながら病気や怪我などで、一時的に介護が必要になった時などは、ショートステイという形で介護棟でケアを受ける事もできます。入居・住居にかかる費用については、各施設によって若干違いますが、主な費用は、【入居一時金】と【月額費用】の2種類からなっています。

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利用者さんが入院と手術を断られた時の話

入院と手術の限界とは???

 老人保健施設に働き始めて6年が経った頃、ある80代後半の男性利用者さんより、「目が見えにくい」という訴えがあり、精密検査の受けたところ【老人性の白内障】という診断が下されました。

 

 老人性白内障とは、目の水晶体が白く濁り、視力低下を招く病気です。原因は不明で、時期がずれても両目に発症するようです。治療方法は、薬では治らないため手術をする必要があります。というか、手術以外の方法はないようです。

 

 当施設には、整形外科、内科はありましたが、眼科はなかったので、近くの眼科のある協力病院に一度入院して手術を受ける必要がありました。

 

 ご本人に確認すると「手術を受けたい」と、明確な意思表示がありました。年齢的なこともあり、ご家族の方と相談した結果、「目が見えなくなるのは不便でしょうし、手術をして治るのであれば、本人の希望を汲み取って受けさせてほしい」とのことで、手術を受けることになりました。

 

入院は5日間で、

●1日目→精密検査

●2日目→手術

●3~5日目→術後の経過観察(合併症などがないか調べるようです)

という流れだったと思います。

ただ一つだけ、問題がありました!というか、大問題です!

【不穏になると、暴力行為のある方】だったのです。

 耳が悪いこともあり、他の利用者とは全く交流はなかったのですが、普段は物静かで、1人でリビングスペースや食堂で、新聞やTVを見て過ごすことが多い方でした。ただ、アルツハイマー型の認知症を抱えており、何か気に入らないことや不安や恐怖を感じた時など、不穏になる時がしばしばあったのです。

 

 一度不穏のスイッチが入ってしまうと、男女関係なく殴る蹴るの暴力をふるってきます。身体つきも大柄で、元軍人ということもあり、とにかく怒ったら怖いのなんの!!!「きさま~、何者じゃ~!!!」と、戦争中にフラッシュバックしたかのような発言や暴力に発展することがあるため、スタッフ数人で対応することもしばしば。

 

 一番最悪だったのは、おむつ交換の際、おむつ内に便が出ていたので、交換しようととした時、まさかの不穏のスイッチが入ってしまい、大量に便の付着したオムツを顔面めがけて放り投げられ、身体中、便まみれになったことがありました💦 まさに悪夢のようでした(-_-;)💦

 

 という利用者さんだったので、一抹の不安を抱きながら、眼科のある協力病院へ送り出したのでした。その結果は・・・?

 

入院後にすぐTELあり

 入院後1日目は精密検査があります。老人性白内障の手術は水晶体を除去して、水晶体の代わりにレンズを入れる治療法です。老人性と言えども、コンタクトレンズの様に、近視や遠視などの視力の矯正もできるようなので、当然本人に合ったレンズを入れることになるため、精密検査が必要になるわけです。

 

 そこで事件は起きました!精密検査がよほど怖かったのでしょう!検査が始まるや否や、検査員に暴力をふるいだし、精密検査を受ける状態ではなくなったようです。要望を伝えたくても耳が悪いし、興奮している時に文字で訴えてもなかなか受け入れてくれない、検査員の指示が全く入らない状況になり、お手上げという事になったようです。

 

 その結果、検査はできないし、当然手術なんてできるはずはなく、入院拒否、手術拒否ということになり、入院初日のその日のうちに、施設に帰って来られました(笑)!目は白濁したままで、見えにくい状況ということを考えると少しお気の毒ですが、その後の人生を送ることになりました!

 

 そこで教訓、【できれば認知症になる前に、目の病気は治しておく方が良いです】

 

※ちなみに、緑内障は白内障と全く違う目の病気です。眼圧が上がることで視神経に障害が起こり、視野が欠けて狭くなる病気です。いずれにせよ、高齢者の目の病気は、早めの専門医の受診をお勧めいたします!

 

 

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番外編 ~祖父母の話~

数回しか会ったことのない、おじいちゃんとおばあちゃん

 今回は、僕の祖父母について少しお話ししたいと思います。

 僕の祖父母は4人とも九州の田舎に生まれ育ち、生涯を終えました。ということは、僕の両親もその土地に生まれ、育ち、幼なじみで結婚したようです。その後、2人で都会?に出てきて、現在もありがたいことに、2人とも健康に暮らしております。

 

 現在祖父母は4人とも亡くなりましたが、一番早く亡くなったのが、父方の祖父で63歳、【胃がん】でした。胃がんで亡くなる前に、楽しみにしていた幼稚園の卒園式を欠席し、父と2人で、遠い遠い九州の田舎の病院へお見舞いに行きました。

 

 2年ぶりの再会でしたが、その時見たおじいちゃんの顔は今でもはっきりと覚えています。癌なのに、笑顔で迎え入れてくれたことを思うと、相当無理していたことでしょう。残念ながらその数か月後に亡くなりました。

 

 逆に最も長生きしたのは、母方の祖母で106歳、老衰でした。特養で最期を迎えたようです。亡くなる前は少し認知症を患っていたようでしたが、亡くなる直前まで、元気だったようです。大往生と言ってもいいでしょう!

 

 とにかく田舎で暮らしていたので、遠いのなんのって!!!行くだけで軽く半日はかかります! 

 

 在来線→新幹線→特急→バス→船→バス という具合に、5、6回ほど乗り継ぐ必要があります。ま~、子供の頃は楽しかったですが・・・(笑)!小学校の低学年の頃、一度だけ新幹線を使わず【ブルートレイン】に乗って行ったことがありました。初めて乗った【ブルートレイン】に興奮したことを覚えています(笑)!

 

 帰りの【ブルートレイン】で小さな事件?がありました(笑)!早朝にお腹が痛くなり、どうにもこうにもお腹の痛みが治まりません。両親が車掌さんに相談すると、なんと車内にお医者さんが乗っていないか車内放送で聞いてくれたのです。今でもはっきりと記憶しています。

 

 残念ながら車内にお医者さんはおらず、いよいよ次の停車駅で救急車を手配することになり、痛みに耐えながら待機していたのですが、駅の近くになると腹痛が嘘のように無くなり、救急車で搬送されることなく、無事に帰宅することができました。当時の車掌さんには本当にお世話になり感謝感謝です。今では、いい思い出になってます(笑)!

 

 こんな具合で田舎に帰るのは2~3年に1回くらいだったので、おじいちゃんとおばあちゃんに会ったのは、数回ということになります。

 

思い出の味【三ツ矢サイダー】

 田舎に帰るとおばあちゃんが必ず出してくれたのが【三ツ矢サイダー】でした。家でも普通に飲んでいましたが、おばあちゃんが出してくれた三ツ矢サイダーは何故か最高においしかったのです!理由は分かりませんが、深く記憶に刻まれています。

 

 家のすぐ前に港があり、心地よい潮風が流れてきます。港ではよく釣りをして、釣った魚を料理してもらいました。最高においしかったですね!裏は山で緑が広がっています。少し離れた場所で牛を飼っており、時々牛を見に行って近くで遊んでいました。そこで初めて野生のカブトムシ?を見ました(笑)!そしてその奥にはみかん畑が広がっていました。今となっては、懐かしい風景・・・今は牛も畑も家もありませんが・・・。

 

 おじいちゃんとおばあちゃんと、何を話したかほとんど記憶にありませんが、田舎の風景、街並み、綺麗な海、潮の香り、山の雄大な景色、満天の星・・・。都会で暮らしているとなかなか味わえない日常が田舎にはありました。そして何よりも心の中から安心できる【ふか~い愛】がそこにはあったように思います。

 

 そんな祖父母と数回しか会ったことがない僕ですが、今現在介護の仕事をしています。患者さんや利用者さんにやさしく?接することができるのは、ひょっとして、僕をかわいがってくれた、おじいちゃんとおばあちゃんのお蔭かもしれませんね(笑)!

 

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入浴中に溺れているおじいさんを救出した話

大の銭湯嫌いだった過去!

 僕は大が付くほどの銭湯が好きです(笑)!暇があれば、近くの銭湯はもちろんですが、少し遠いところになると、愛車のリトルカブ(原付バイク)で、ひとっ走りします(笑)!

 

 温泉も大好きですが、銭湯の方が色んな種類のお風呂があり、長時間飽きることなく楽しめるので、銭湯に行く方が多いですね!

 

 そんな銭湯バカの僕ですが、昔から銭湯が好きだったかというと、そうではありません!実は嫌いでした。子供の頃、家にお風呂がなく、高校2年まで銭湯通いしていたという過去があり、その頃の銭湯のイメージはというと、

 

銭湯→家に風呂がない→貧乏

 

 という世間一般の概念があったように思います。家に風呂がないというコンプレックスからきていたかもしれませんが、裕福ではなかったことは事実でしたので、まんざら勘違いではなかったように思います。なので、銭湯に行くこと=貧乏であるという視線を感じながら通っていたので、それほど良い思い出はありませんでした。

 

  しかし、今になって狭いお風呂よりも、子供の頃から慣れ親しんだ大きなお風呂の銭湯がたまらなく恋しくなり、いつの間にか月に数回通うようになりました(笑)!お風呂好きの説明はこれぐらいにして・・・(笑)!

 

横のおじいさんが・・・

 銭湯は、今も昔も、やっぱりおじいさんおばあさんが多いですね!特に冬は体の芯まで温まるので、最高に気持ちいいこと間違いありません。ただ、銭湯に通っていると、年に数回、救急車で搬送される高齢者を見かけます。

 

 ある夏の日の出来事です。いつものように愛車のリトルカブで近くの銭湯に出かけた時のこと。時は昼過ぎ、浴場は数人のお客さんがいました。身体を洗って一番大きな湯船に浸かっていると、僕の横に細~いおじいさんが入ってきました。いつもの穏やかな光景です。

 

 しかししばらくすると、横のおじいさんがぴくぴくと震えだし、痙攣し始めました。そして意識を失ったかと思うと、ブクブクと湯船に沈んでいくではありませんか!!!  

 

 おじいさんの頭が沈んで見えなくなると同時に、これはまずいと思い、その瞬間身体を引き上げ、まずは呼吸確保!すぐさま近くのおじさんを呼びつけ、「意識失っているので、一緒に湯船から出してください!」とお願いし、男2人で何とか湯船から引き上げました💦💦💦 おじいさんと言っても、 めちゃくちゃ重い!!!

 

 その後スタッフを呼び、救急車を呼んだもらい、その間、浴室は熱いので脱衣所まで数人で持ち上げて運び出し、救急車を待っていました。

 

 救急車が到着するとほぼ同時に、さっきまでぐったりしていたおじいさんがむくっと起きだして、風呂に入ろうとするではありませんか!!!それを見たスタッフは、「おじいさん、さっきまで気を失ってたの覚えてる???救急車が来たから今日は検査してもらい!」と説得していますが、本人は入ろうとしています(笑)!救急隊員の方にも説得していましたが、頑として受け入れません! 

 

 結局は風呂に入らず、救急車にも搬送されず、そのまま帰宅していました(笑)!ま~、無事でよかったですけど・・・(笑)!

 

高齢者の入浴事故

 施設でも、入浴中に、何度か危ない現場を見てきました。一番多かったのが【意識喪失】です。注意点として、

●血圧の変動

→【浴室】と【脱衣所】の温度差が大きいと血圧が変動しやすいため、特に冬は浴室を充分温めてから、入浴する必要があります。

 

●入浴時間と湯船の温度

→適温は、38度~40度。入浴時間は10分程度が良いと言われています。

 

●なんといっても、その日の体調優先で!

→利用者さんによって、抱えている持病が様々なので、その日の体調をよく観察し、体調がすぐれない時は無理して入浴しない方がいいですね。

 

 

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初めて利用者さんを見送った時の話

夜勤2回目の時の出来事

 老人保健施設で働き始めて、夜勤2回目で経験した時のお話しです。

16:30の申し送りを受けた時のこと、リーダー看護師より、「〇〇さんが急変し、モニターを付けているので、注意してください。ご家族には連絡しました。今こちらに向かっています」とのこと。

 

 申し送り後、〇〇さんの部屋へ訪室すると、ベッドサイドに小さなモニターが設置され、身体にペタペタとセンサーらしきものが貼られ、口には酸素マスクが掛けられていました。

 

 初めて見る器械だったので、看護師さんに簡単に説明していただきました。血圧、心拍数、呼吸数、SPO2(酸素飽和度)が一目でわかるように表示されていて、異常があればアラームが鳴るので、すぐに様子を見に行くように指示を受けました。

 

 【ということは、いつ亡くなってもおかしくない状況ってこと???】

 

 今まで勤務中に利用者さんが亡くなられたことはなかったので、とても緊張しました。もし亡くなられたら、何をやっていいのか全く聞いていなかったので、先輩介護士に対応方法を聞くと、「ああっ、その時指示するから!」とあっさりかわされました💦

 

 勤務が始まっても、〇〇さんが気になって、特に用事もないのに様子を見に行ってました。先程教わったモニターをのぞき込んで、現状を把握するつもりではありましたが、正直あまり理解できてませんでした・・・💦

 

 夕方にご家族が到着し、看護師より現状の報告を受けると「覚悟は出来ております。今日はここで見守りたいと思います。」とのこと。その時はかろうじてい意識はありましたが会話はできない状態でした。

 

 ご家族さんは〇〇さんの手を握りながら何か語り掛けています。気のせいかもしれませんが、〇〇さんの表情が少し穏やかになったようにも見えました。そこには、目に見えない何かがあるのでしょうか?家族には感じる絆?のようなものがあるように感じました。

 

アラームが鳴り響く

 夜間0時過ぎ、静かな病室にアラームが鳴り響きます。訪室すると、血圧が低下しており、脈拍も落ちている様子が伺えました。呼吸は浅く、肩呼吸になり苦しそうです。その様子をご家族は手を握りながらじ~っと見つめています。「大丈夫です。何かあったらすぐに呼びますから・・・」と言われ、我々スタッフに気を使ってくださいました。

 

 それから数分後、ナースコールが鳴りました。〇〇さんの部屋からです。すぐに訪室すると、ご家族より「今呼吸が止まりました」と涙を流しながら、報告して下さいました。

 

 呼吸停止の報告を受けると、看護師はすぐに当直のドクターを呼び、〇〇さんの状態(モニターの数値を確認後、脈と瞳孔を見ていたと思います・・・)を診断後、死亡が確認されました。

 

 1か月程お世話した利用者さんが亡くなり、不思議な気持ちになりました。僕にとっては肉親でも友人でもなく、数回排泄介助や食事介助、入浴介助のお世話をした方なのですが、特別悲しいという感情はなく、涙が出るわけでもなく、とは言うものの、1人の人間の死を目の前にしてどうすることもできない自分がいました。

 

【この変な感情は一体どこからくるのだろうか???】

 

 初めて経験するなんだかもやもやした感情を抱きながら、先輩看護師と介護士は【エンゼルケア(化粧を施したり、闘病の傷跡や傷口をカバーしたりする死後処置の事)を行うため、僕は他の利用者の対応をすることになりました。

 

 エンゼルケアが終わったころ、施設の裏口から早くも葬儀屋さんがお迎えに来ていました。死後しばらくして、看護師がご家族と相談していたのは、このことだったと後から知りました。

 

 霊柩車で運ばれる最期のお見送りの後、我々スタッフは、〇〇さんの部屋のかたずけをして、いつもと変わらない普段の夜勤の再開です。ただ、今までかいたことのない汗をいっぱいかきました💦

 

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